会社勤めだった阪神淡路大震災の記憶

雨、ほぼ無風

1995年(平成7年)の今日、阪神淡路大震災が発生した。
夜明け前の5時46分、愛知県西尾市でも揺れを感じて目が覚めたほどだ。
まだ会社勤めしていて、大阪の知人に安否確認したことを覚えている。
人口密集地で起きた地震は二次災害の火災で焦土となったことも語り伝えられている。

事業では災害とセットで事業継続計画(BCP)が強調される。
事業の継続をマニュアル化するのであるが、その第一歩は従業員の安全確保である。
家庭の免災・減災がなければ事業継続は成り立たない。
飲料水・非常食の備蓄とともに非常灯、ラジオ、スマホ等の充電でも電池の備蓄を疎かにできない。

(この記事は、https://hosokawa3.wordpress.com/とhttp://blog.livedoor.jp/nirvana_japan/に掲載しています)

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